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「付言事項」とは?遺言書に込められる家族への思い
遺言書と聞くと、多くの方は「財産をどう分けるか」を指定するためのもの、というイメージを持つのではないでしょうか。確かに、相続の場面で遺言書は大きな役割を果たします。しかし、遺言書には「付言事項(ふげんじこう)」と呼ばれる、法的な拘束力を持たないメッセージを自由に書き込むことができる欄があるのをご存じでしょうか。
付言事項は、遺産分割や相続登記の際に直接的な効力を及ぼすものではありません。つまり「このように分けてほしい」と書いたとしても、それが法律上の義務になるわけではないのです。とはいえ、だからこそ柔軟に思いを込められるのが大きな特徴です。家族への感謝の言葉、これからの生活への願い、あるいは「兄弟仲良く助け合ってほしい」というような希望――こうしたメッセージを遺言に残すことは、単なる法律文書に温かみを加えます。
実際の相談でも、「財産は分け方が決まっているけれど、家族にどうしても伝えたいことがある」という声を耳にします。たとえば、市川で相続のご相談を受けた際に「母の介護を長年担ってくれた長女に特に感謝している」と付言事項に記されたケースがありました。この一文によって、兄弟姉妹が納得感を持ち、遺産分割協議がスムーズに進んだのです。
一方で「付言事項は意味がないのでは?」と疑問を持たれる方も少なくありません。しかし、法的拘束力がないからこそ、遺言者の“本音”を素直に伝えられる側面があります。法律上の取り決めは冷たく映りがちですが、そこに心のメッセージを添えることで、相続人が安心感を持ちやすくなります。
相続の現場では「争族」という言葉があるほど、感情のすれ違いがトラブルの火種になります。付言事項は、こうした感情面をケアする大切な役割を果たします。遺言は単なる手続きではなく、家族への最後の手紙でもある。そう考えると、付言事項は思った以上に重要な存在だと分かります。
付言事項に書ける内容の具体例
付言事項と聞いても、「一体何を書けばいいの?」と戸惑う方は少なくありません。法的拘束力がないといっても、あまりに漠然としてしまうと残された家族にとって意味が伝わりにくいこともあります。そこで、この章では実際によく記載される内容の例を紹介します。
家族への感謝や願い
もっとも多いのは、家族に向けた感謝の言葉です。「これまで支えてくれてありがとう」「遠方にいても互いを思いやってほしい」といった気持ちは、相続人にとって大きな慰めとなります。遺言は相続の手続きを進めるための文書ですが、そこに感謝や願いを添えることで、単なる“分け方の指示書”ではなく、“家族の手紙”として受け止められるのです。
相続人への公平感を伝える言葉
相続では、どうしても分け方に差が生じることがあります。たとえば「長男に自宅不動産を相続させるが、二男には預金を多めに渡す」といったケースです。このとき、なぜそのように分けたのかを付言事項に記しておくと、他の相続人が納得しやすくなります。「長男は同居して介護を担ってくれたため自宅を相続してほしい」「二男にはこれから子育て資金が必要になると考えている」などの一文があるだけで、感情的な対立が和らぐことは珍しくありません。
遺産分割や相続手続きへの補足的な意向
法的効力は持たないものの、「できればこのようにしてほしい」という希望を記すことも可能です。たとえば、「不動産は売却せず、できる限り家族の誰かが住み続けてほしい」「祭祀財産は長女に引き継いでほしい」といったものです。これらは法律上の拘束力はありませんが、遺産分割協議を行う際に相続人が尊重する傾向があります。
相続登記や葬儀に関する希望
最近は、遺言の中で「不動産の相続登記は速やかに済ませてほしい」「葬儀は質素に行ってほしい」といった付言を残す方も増えています。これらも義務ではありませんが、家族にとっては故人の意思を尊重する貴重な指針になります。
付言事項が争族回避につながる理由
相続におけるトラブルの多くは、実は「財産の多い・少ない」だけが原因ではありません。むしろ「なぜそのように分けられたのか分からない」「自分だけ軽んじられているのでは」という気持ちが、兄弟姉妹や親族の対立を生むケースが目立ちます。このような“感情のもつれ”を和らげる手段のひとつが、遺言書の中の付言事項です。
なぜ「一言」で変わるのか
付言事項には法的拘束力がありません。にもかかわらず、相続人の受け止め方に大きな違いを生みます。たとえば「長男に自宅を相続させる」とだけ書かれていれば、二男や長女は「不公平だ」と感じやすいでしょう。しかし「長年同居して介護を担ってくれた長男に、感謝の気持ちを込めて自宅を任せたい」と付言が添えられていれば、同じ相続内容でも納得感が増すのです。理由が明らかになることで、相続人が冷静に判断しやすくなるのです。
心理的な効果
人は、数字や条文だけではなかなか納得できません。そこに「親の思い」が加わることで、心理的な受け入れやすさが格段に変わります。特に兄弟姉妹の間では「自分よりもあの子ばかり優遇された」といった被害感情が争いを悪化させることがあります。付言事項によって「全員を大切に思っている」というメッセージが伝われば、相続人同士の関係修復にもつながります。
相続相談の現場から
市川での相続相談でも、「母が付言で『みんなで仲良くしてほしい』と残してくれたからこそ争いにならなかった」という事例があります。遺産分割協議の場面で多少の不満が出ても、「母の意思を尊重しよう」という空気が働くのです。これは単なる法的な取り決めでは得られない効果といえます。
トラブル防止の一歩として
もちろん、付言事項だけで完全に争いを防げるわけではありません。財産の分け方に根本的な不公平があれば、いくら感謝の言葉があっても納得できない人は出てきます。しかし、「なぜそうしたのか」という理由を言葉にして残すことで、トラブルが表面化する可能性を下げることができます。争族を避けたいと考えるなら、付言事項は有効な一歩となるのです。
とはいえ、こうした心のこもったメッセージが争いを和らげる大きな力になることは、多くの相続相談の現場で実感されています。
付言事項だけでは不十分?成年後見や家族信託との併用
付言事項は、遺言に温かみを添え、家族の感情を和らげるうえで大きな意味を持ちます。しかし、それだけで万全の相続・老後対策になるわけではありません。特に「認知症リスク」や「財産管理の継続性」といった現実的な課題を考えると、付言事項の限界が見えてきます。
認知症リスクに備えるには
遺言書はあくまで「亡くなった後」に効力を発揮するものです。つまり、生前に判断能力が低下してしまった場合には、財産の管理や契約行為に対応できません。たとえば、不動産を売却して介護費用に充てたい場面でも、本人に判断能力がなければ取引は進められず、家族も困ってしまいます。このような事態に備えるには、成年後見制度の活用が必要です。
成年後見制度との違い
成年後見制度は、判断能力が不十分になった人をサポートする仕組みです。法定後見と任意後見がありますが、いずれも家庭裁判所の関与があり、財産の適正な管理を保証します。付言事項は気持ちを伝えるツールであるのに対し、成年後見は法的に財産を守る仕組み。両者は役割がまったく異なるのです。
家族信託という選択肢
近年注目されている「家族信託」も、付言事項を補う制度のひとつです。家族信託では、財産を信頼できる家族に託し、契約に基づいて柔軟に管理・承継できます。たとえば「子どもに介護中の生活費を支払ってもらい、亡くなった後は孫に財産を引き継いでほしい」といった複雑な希望も実現可能です。付言事項に「この財産は孫に使ってほしい」と書くだけでは効力がありませんが、家族信託を組み合わせれば確実に実行できます。
生前対策と組み合わせてこそ安心
付言事項は心情面で家族をつなぐ効果がありますが、財産管理の確実性までは担保できません。市川での相談でも、「付言に『長女に管理してほしい』と書いたけれど、認知症が進んでからは結局手続きができず困った」というケースがありました。こうした不安を減らすには、遺言+付言事項に加えて、成年後見制度や家族信託といった生前対策を組み合わせることが大切です。
付言事項を活かした遺言書作成の3つのポイント
ここまで見てきたように、付言事項は法的効力こそ持たないものの、家族の気持ちを和らげ、争族を防ぐ大切な役割を果たします。ただし、実際に遺言書を作成する際にはいくつかの工夫が必要です。最後に、付言事項を活かすための3つのポイントを整理してみましょう。
① 専門家に相談する前に「伝えたいこと」を整理する
まず大切なのは、自分が本当に家族に伝えたいことを言葉にしてみることです。「介護を担ってくれた子への感謝」「相続分に差をつけた理由」「将来の暮らしへの願い」など、思いつくままに書き出してみると良いでしょう。行政書士や司法書士などの専門家に相談する際も、このメモがあるとスムーズに意向を伝えられます。
② 遺言書の形式ごとの注意点を意識する
付言事項は、公正証書遺言でも自筆証書遺言でも記載できます。ただし、自筆証書遺言では書き方を誤ると無効になるリスクがあります。付言事項は形式的な制約が少ないとはいえ、本文との区別を明確にし、読み手に意図が伝わりやすい形で残すことが重要です。公正証書遺言の場合は、公証人に依頼すれば付言事項も含めて整理してもらえるので安心感があります。
③ 生前対策とあわせて活用する
付言事項はあくまで「思いを伝える」ためのツールです。財産管理や認知症対策といった実務面は、成年後見制度や家族信託といった制度を組み合わせる必要があります。たとえば「自宅は長女に管理してほしい」と付言に書くだけでは実現できませんが、家族信託を併用すれば確実に反映できます。付言事項と制度を補完し合うことで、安心感は一層高まります。
相続で本当に伝えたいのは「思い」
相続や遺言の準備というと、どうしても「お金」「財産」の話に偏りがちです。しかし、実際に残された家族の心を支えるのは、数字や条文だけではありません。「あなたの思い」が言葉として形に残ることこそが、大きな意味を持ちます。

