後見人が財産管理を誤り、親族から損害賠償請求された事例

後見人が財産管理を誤り、親族から損害賠償請求された事例

目次

「信頼して任せたのに…」財産管理トラブルは身近に起こる

成年後見制度を使えば「安心」だと思っていたのに

「後見人がいれば、親のお金の管理は安心だよね」──こう考える方は少なくありません。
実際、親が認知症になったときなど、成年後見制度を利用して財産を守ることは有力な手段の一つです。銀行口座の出し入れや不動産の処分、入院費や施設利用料の支払いなど、日常生活に欠かせない事務を代わりに行える仕組みです。

ところが、この制度を「万能の保険」と思ってしまうと、大きな落とし穴にはまることがあります。後見人が財産管理を誤った結果、家族間で深刻なトラブルになるケースは珍しくありません。

トラブルの多くは「お金の使い方」から

「兄が後見人になったのに、いつのまにか親の貯金が減っていた」「不動産を勝手に処分された」「領収書も記録も残っていない」──こうした相談は実際によくあります。
後見人は親族が務めることもありますが、「家族だから安心」と思って任せたことが、かえって火種になることもあるのです。

後見人には家庭裁判所による監督がありますが、日常的な支出や契約判断まで逐一チェックされるわけではありません。つまり、信頼に甘えた管理が続けば、あとで「使途不明」「不当な支出」と指摘される可能性があります。

争族のはじまりは“ちょっとした違和感”から

相続や遺産分割の争いが激化するきっかけは、大きな事件だけではありません。
「なんとなく納得できない」「説明が不十分」「兄だけが得をしているように見える」──こうした感情の積み重ねが、のちに親族間の対立を深めることがあります。

一度関係がこじれると、法的な手段に発展することも珍しくありません。
実際、後見人に対して損害賠償請求が行われる事例もあり、本人の老後だけでなく家族関係にも深い影を落とします。

自分の家でも起こりうる話

「そんなの特殊な家庭の話でしょ」と思うかもしれません。
ですが、市川市をはじめ全国で、親の高齢化や認知症の進行をきっかけに成年後見制度を利用する家庭は年々増えています。利用者が増えれば、それだけトラブルの数も増える──これは決して他人事ではありません。

次章では、そもそも成年後見制度がどのような仕組みなのか、そして後見人にどのような責任があるのかをやさしく解説します。制度を正しく理解することが、最初の防波堤になります。

成年後見制度の基本と「財産管理」の責任

成年後見制度とは

成年後見制度とは、認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が十分でない方の生活を、法律的に支える制度です。
たとえば、銀行手続きや施設の契約、不動産の管理などは、判断力が低下すると自力で行えなくなります。そうしたときに、家庭裁判所が選任した「後見人」が代わりに手続きを行い、本人の権利と財産を守る仕組みです。

この制度は大きく分けて、「法定後見」「任意後見」の2種類があります。

  • 法定後見
    判断能力が低下したあとに、家庭裁判所が後見人を選ぶ制度。
  • 任意後見
    本人が元気なうちに、将来のために信頼できる人と契約を結んでおく制度。

後見人になるのは、親族の場合もあれば、弁護士や司法書士、行政書士など専門職が就くケースもあります。

後見人に求められる「財産管理」の重い責任

成年後見制度では、後見人は単なる「手伝い役」ではありません。
本人の預金、不動産、年金、保険など、あらゆる財産を本人の利益のために適正に管理する法的責任があります。

具体的には、

  • 生活費・医療費・施設費の支払い
  • 契約や解約の判断・実行
  • 不動産の売却・維持管理
  • 税金や公共料金の支払い
    といった多岐にわたる事務を担当します。

このとき、「親族だから」「昔からの感覚で」判断することは許されません。
後見人には、法律上の善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)が課されています。
これは、「自分の財産を扱う以上に丁寧・適切に管理しなければならない」という強い義務です。

監督するのは家庭裁判所

後見人の行動は、家庭裁判所の監督のもとで行われます。
定期的に財産目録や収支報告書を提出しなければならず、不明な支出があれば説明責任を求められます。
ただし、家庭裁判所がすべての支出を事前にチェックしてくれるわけではありません。

つまり、日常的な判断や支払いは後見人の裁量に任される部分も多く、適切な管理ができなければ、あとで親族から損害賠償を請求されるリスクもあります。

遺言・家族信託との違い

「親のお金を守る」という目的では、成年後見のほかにも遺言家族信託といった制度があります。
遺言は亡くなった後の財産承継、家族信託は生前の柔軟な財産管理に向いています。
これに対し、成年後見は「判断能力がなくなったあと」の財産管理を目的とした制度です。

つまり、それぞれの制度は「発動するタイミング」と「守れる範囲」が異なります。
制度を理解せずに成年後見だけに頼ってしまうと、「思っていたのと違った」という事態にもなりかねません。

知っておくことが最初の一歩

成年後見制度は決して悪い制度ではありません。
むしろ、きちんと理解して活用すれば、ご本人の財産と権利を守る強い味方になります。
重要なのは、「後見人がどういう責任を負っているか」を家族全員が理解しておくことです。

次章では、実際に後見人の財産管理ミスが原因で、親族から損害賠償請求を受けた事例を具体的に紹介します。
制度を“他人事”から“自分ごと”として考えるきっかけにしてみてください。

【事例解説】財産管理の誤りから損害賠償請求に発展

「兄が勝手に家を売った」から始まった対立

Aさん(80代・認知症)は、持ち家と預貯金がありました。
Aさんが認知症を発症し、判断能力が低下したため、長男のBさんが成年後見人に選任されました。
当初は、施設への入居費や生活費の支払いをBさんが管理し、家族も「長男がやってくれているから安心」と思っていました。

ところが、ある日次男のCさんが登記簿を確認すると、実家がすでに第三者に売却されていたのです。
Bさんは「施設費がかさみ、維持もできないから売っただけ」と説明しましたが、家族への事前説明もなく、売却価格の妥当性も不明。さらに、売却代金の一部が本人の口座に戻っていないことが発覚しました。

財産管理ミスは「意図しなくても」責任を問われる

このケースでは、Bさんは「悪意」はなかったと主張しました。
しかし、成年後見人は「本人の利益を最優先に行動する」義務があります。
家族への説明不足や売却額の妥当性、資金の使途管理など、注意義務を怠ったと判断されれば、損害賠償請求の対象になり得ます。

実際、家庭裁判所が調査に入り、Bさんは損害の一部を補填する形で解決しました。
後見人の地位も解任され、専門職の後見人に交代となりました。

トラブルの背景には「情報共有の不足」

このようなトラブルの背景には、制度の理解不足と、家族間の情報共有の欠如があります。
後見人が善意でやったことであっても、「なぜその判断に至ったのか」を記録・説明できなければ、他の相続人から疑念を持たれるのは自然なことです。
「あとで説明すればいい」という姿勢は、相続や遺産分割の場面では火種になります。

  • どの財産をどう処分したのか
  • 売却代金はいくらで、どこに入金されたのか
  • 本人の生活のために、どんな支出を行ったのか

こうした記録や説明が曖昧なままだと、結果的に「不正」とみなされることもあります。

後見人は“家族代表”ではなく“法律上の代理人”

親族が後見人になると、「家族代表のような感覚」で判断してしまうことがあります。
しかし、成年後見人は法律上、本人の代理人であり、親族の代表ではありません。
たとえ家族の中で合意していたとしても、本人の利益に反すると判断されれば無効になることもあるのです。

また、本人の財産は「将来の介護・医療費」に備えるものでもあります。
一時的に余裕があるからといって、安易に処分したり分配したりすることは許されません。

争いは“制度のすれ違い”から起こる

成年後見制度は「本人を守るための制度」であり、相続や家族の利害調整のための制度ではありません。
この認識のズレが、相続人間の不信感を生み、最終的に損害賠償請求という深刻な対立に発展してしまうのです。

成年後見人を務める家族はもちろん、他の親族もこの点を理解しておくことが、争族を防ぐ第一歩です。

同じ失敗を防ぐためにできる3つの対策

「制度を知っているかどうか」で結果が変わる

後見人が財産管理を誤り、親族から責任を問われるケースは決して珍しくありません。
ただし、制度の理解と少しの準備があるだけで、こうしたトラブルはかなり防ぐことができます。
ここでは、実際の現場でも効果的だった3つの対策を紹介します。

① 成年後見と遺言・家族信託を組み合わせる

成年後見制度は「判断能力がなくなったあとの財産管理」を目的としています。
一方で、遺言は死亡後の財産承継、家族信託は元気なうちから柔軟に財産を管理するための仕組みです。
この3つを状況に応じて組み合わせることで、管理のすき間をなくすことができます。

たとえば、

  • 元気なうちに家族信託契約を結んでおけば、不動産処分などを柔軟に行える
  • 亡くなった後は遺言でスムーズに財産承継できる
  • 判断力が低下してからは成年後見制度でしっかり管理

という流れをつくることで、家族間のトラブルを最小限に抑えられます。
「制度は一つあれば安心」という考え方ではなく、それぞれの役割を理解して使い分けることが重要です。

② 財産の全体像と管理ルールを家族で共有する

トラブルの多くは、「知らされていなかった」「勝手に決められた」という不信感から始まります。
そのため、財産の全体像や管理ルールを、早い段階で家族と共有しておくことが大切です。

具体的には、

  • 預貯金や不動産などの財産リストをつくる
  • どの財産をどのように使うか、方針を話し合っておく
  • 共有フォルダやノートに、支出記録や領収書をまとめておく

こうした「小さな見える化」が、後々の大きな疑念や争いを防ぎます。
特に相続人が複数いる場合、透明性を確保することは信頼関係を守る最も効果的な手段です。

③ 記録・報告・チェック体制をつくる

成年後見人にとって、「説明できること」=「信頼を守る力」です。
いくら善意で行動していても、記録がなければ不正を疑われる可能性があります。

最低限、以下の点を意識するだけでも大きな違いがあります。

  • すべての支出・入金を記録しておく(領収書・通帳コピーなど)
  • 家族に定期的に報告する(メール・LINE・面談など形式は問わない)
  • 高額な支出や不動産処分は、家庭裁判所への事前相談・許可を徹底する

これは専門家でなくてもできる対策です。
また、信託や遺言を併用する場合でも、記録と説明責任は欠かせません。

家族全員で「争族の芽」を摘む

成年後見制度は、本人の財産を守るための制度です。
しかし、制度の使い方次第では、家族を分断するきっかけにもなり得るというのが現実です。

だからこそ、「後見人を選任したから終わり」ではなく、
「家族全員で見守りながら管理していく」姿勢が大切です。

地域によっては、家族信託や成年後見に詳しい専門家(行政書士・司法書士・弁護士など)に早期相談できる窓口もあります。市川市でも、こうした支援に力を入れている機関があります。

早めの備えが「争族」を防ぐ一番の近道

トラブルの多くは「知らなかった」から起こる

成年後見や相続のトラブルは、複雑な法律や難しい手続きが原因で起こると思われがちです。
しかし、実際には「制度を知らなかった」「何も準備していなかった」というごくシンプルな理由が大半を占めています。

たとえば、親の判断力が低下してから慌てて後見人を選任しようとすると、

  • 家族の意見が食い違って話が進まない
  • 相続と絡んで感情的な対立になる
  • 財産の全容がわからず管理が混乱する
    といったトラブルが一気に噴き出します。

こうなってから「どうにかする」のは、正直なところとても大変です。
だからこそ、まだ元気なうちに対策しておくことが一番のリスク回避策になります。

「何をどう備えるか」は家族によって違う

相続や後見の準備といっても、すべての家庭に同じ答えがあるわけではありません。
たとえば、

  • 不動産を多く持つ家庭では家族信託との併用が有効
  • 相続人が複数いる場合は遺言と管理ルールの明確化が鍵
  • 一人暮らしの高齢者なら任意後見契約の準備が安心材料になる

つまり、「この制度さえ使えばOK」という万能策は存在しません。
それぞれの家族構成や財産の内容、将来像に合わせて、最適な制度を組み合わせていくことが大切です。

行政書士など専門家への早期相談が効果的

制度を知っていても、実際に「自分の家にどう当てはめればいいか」は、なかなか判断しづらいものです。
そんなときこそ、行政書士や司法書士、弁護士といった専門家の力を活用しましょう。

特に、

  • 成年後見と家族信託の使い分け
  • 遺言書の作成タイミング
  • 共有不動産の整理
    などは、早い段階で方針を決めておくと、後のトラブルを大きく減らせます。

「いざというとき」ではなく「気になるとき」に相談するのがポイントです。

争いを未然に防ぐのは「家族の会話」

制度の話になると、法律や専門用語が先に立って、なんとなく話しづらいと感じる方も多いでしょう。
しかし、トラブルを本当に防ぐ力になるのは、家族の話し合いと共有です。
誰がどの役割を担うのか、何を望んでいるのかを、少しずつでも言葉にしていくことが、制度よりも強い安心感につながります。

「備え」は特別なことではない

後見人の財産管理ミスから損害賠償請求まで発展するようなケースも、準備と共有があれば防げることが多いのです。
トラブルを「起きてから」解決するより、「起きる前」に小さく対処するほうが、家族の心にも財布にもずっと優しい結果になります。

成年後見・遺言・家族信託といった制度は、あなたと大切な家族を守るための“道具”です。
まずは一歩、「知ること」から始めてみませんか?