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「え、もらえるはずの相続分がない?」―遺留分侵害の典型ケース
親の相続が発生したとき、「え? 私、何ももらえないの?」という思いをする人は少なくありません。
「遺言があるから安心」と思っていたのに、いざ開けてみたら自分の名前が一切書かれていない。あるいは兄弟の一人だけにすべての財産が渡る内容だった――これは、実はよくある相続トラブルの一つです。
相続では、被相続人(亡くなった方)の意思を尊重する遺言が大きな力を持ちます。しかし、遺言の内容がどれだけ偏っていても、一定の相続人には「最低限の取り分」=遺留分(いりゅうぶん) が法律で保障されています。
つまり「全部兄にあげる」と書いてあっても、「それは困る」と主張できる余地があるのです。
家族のあいだで起きやすい誤解
このトラブルの多くは、財産の多い家庭だけではなく、ふつうのご家庭でも起こります。
たとえば「長男に家を継がせたい」という親の思いから、遺言で長男に不動産をすべて渡すと決めたケース。
この場合、次男や長女など他の相続人が一切の財産を受け取れないと、「不公平だ」と感じるのは自然なことです。
また、生前に一部の子だけに多額の贈与をしていた場合も、「自分は何ももらっていない」と不満が噴き出すことがあります。これが親族の関係を一気にこじらせ、遺産分割の話し合いが泥沼化するきっかけになることも少なくありません。
「争族」を防ぐために知っておきたい
こうした状況で役に立つのが、「遺留分侵害額請求(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)」 という制度です。
これは、遺言や生前贈与によって自分の取り分(遺留分)が減らされた相続人が、「その分をお金で取り戻す」ことができる権利です。
たとえば、兄に家の全部を遺した遺言があっても、弟は自分の遺留分を請求して一定額を受け取れる可能性があります。
市川市のような都市部でも、親が自宅を長男に残すケースは珍しくありません。こうした「不動産が偏る相続」は、まさに遺留分トラブルが起きやすい典型です。
まずは制度の存在を知ることが第一歩
相続の話題は、家族の感情が強く関わるデリケートな分野です。
「うちは仲がいいから大丈夫」と思っていても、財産の配分が不公平に感じられれば、長年の信頼関係にひびが入ることもあります。
遺留分侵害額請求は、そんな事態を少しでも軟着陸させるための法的な仕組みです。
次章では、この制度の基本的な内容――「誰が」「何を」「どのように」請求できるのかを、やさしく解説していきます。
遺留分侵害額請求とは?制度の基本をやさしく解説
「遺留分侵害額請求」と聞くと、なんだか難しそうに感じる方も多いかもしれません。
ですが、基本の考え方はとてもシンプルです。
遺留分とは、法律で保障された「最低限の相続の取り分」 のこと。そして 遺留分侵害額請求とは、その取り分が侵害されたときに「お金で取り戻す」ことができる制度 です。
遺留分は、遺言があっても守られる最低限の権利
相続では、被相続人(亡くなった方)が「財産を誰に残すか」を遺言で自由に決めることができます。
しかし、もしそれによって配偶者や子どもなど特定の相続人の取り分がゼロになってしまったらどうなるでしょうか。
このような不公平を防ぐために、民法では遺留分という権利が定められています。
遺留分が認められるのは、
- 配偶者
- 子ども(直系卑属)
- 親(直系尊属)
です。逆に、兄弟姉妹には遺留分がありません。
つまり、亡くなった人が「全部を長男に渡す」と遺言に書いていたとしても、配偶者や他の子どもは遺留分を請求して取り分を取り戻すことができる、という仕組みです。
遺留分は「現物」ではなく「お金」で請求する
よくある誤解として、「遺留分=不動産の一部を分けてもらえる」というイメージがあります。
しかし実際には、遺留分侵害額請求は金銭による請求です。
たとえば遺産の大半が不動産だった場合でも、「不動産の一部を譲ってほしい」という話ではなく、「相当するお金を支払ってください」という請求になります。
この点が、従来の「遺留分減殺請求」との大きな違いです。
制度改正によって、より柔軟な解決が可能になりました。
どの財産が対象になるのか
遺留分の対象になるのは、亡くなった時点での財産だけではありません。
生前に行われた贈与も、原則として一定の条件を満たせば遺留分の計算に含まれます。
たとえば、生前に特定の子どもにだけ大きな財産を贈っていた場合、それも含めて「公平な取り分」を計算することができるのです。
ただし、贈与の時期や内容によっては対象にならないケースもあるため、注意が必要です。
「贈与があったけど対象になるかどうか分からない」という段階で、早めに専門家に相談する人も増えています。
相続トラブルを最小限にするために
遺留分侵害額請求は、「遺言があるから仕方ない」と泣き寝入りする人を守るための制度です。
請求できる権利を知っているかどうかで、その後の話し合いや調停の進み方は大きく変わります。
逆に、遺言を書く側にとっても、「遺留分」という法律上のルールを理解しておくことが、のちの争族(そうぞく)を防ぐカギになります。
実際にはどう主張する?遺留分侵害額請求の流れ
制度の名前や仕組みを知っても、「じゃあ実際にはどう動けばいいの?」という疑問は残りますよね。
遺留分侵害額請求は、ただ黙っていても自動的にお金が支払われるような制度ではありません。
自分で(あるいは専門家と一緒に)権利を主張し、相手との話し合いを進めていく必要があります。
誰が請求できるのかを整理する
まずは、自分が遺留分を請求できる立場にあるかを確認します。
請求できるのは、
- 配偶者
- 子ども(直系卑属)
- 親(直系尊属)
のみです。兄弟姉妹は対象外なので注意が必要です。
次に、どれくらいの遺留分を請求できるかを概算します。
たとえば、配偶者と子ども1人の場合はそれぞれの法定相続分の1/2が遺留分になります。
このあたりの計算はやや複雑なので、行政書士や弁護士など専門家に相談して進めるケースも多く見られます。
相手に意思表示をする(内容証明が有効)
遺留分侵害額請求は、まず 相手方(遺贈や贈与を受けた人)に「自分の遺留分を侵害されている」と伝えるところから始まります。
このとき、口頭で伝えるよりも、内容証明郵便を使って正式に意思表示をするのが一般的です。
「相続開始から1年以内」という時効(除斥期間)があるため、早めの対応がとても重要です。
また、遺留分の請求は「権利を主張する意思表示」であり、訴訟とは限りません。
多くの場合、話し合いや調停によって合意に至るケースもあります。
話し合いでまとまらない場合は調停・訴訟へ
相手がスムーズに支払いに応じてくれれば話し合いで完了しますが、そう簡単に進まないケースもあります。
「そんな権利はない」と拒否されたり、金額で折り合いがつかなかったりすることも少なくありません。
その場合は、家庭裁判所の調停や訴訟に移行することになります。
ここで大事なのは、遺留分侵害額請求は「お金の請求」であるという点です。
不動産の分割などよりも話をまとめやすい反面、金額計算や法的根拠をきちんと整理しておく必要があります。
行政書士と弁護士、それぞれの役割
遺留分侵害額請求の手続きでは、行政書士が関われるのは 内容証明の作成や書面の整理などのサポートまでです。
また、内容証明の作成であっても紛争性が予見される場合は行政書士が携わるべきではありません。
実際に交渉したり、調停や訴訟に出る場合は、弁護士の業務範囲になります。
そのため、行政書士と弁護士の連携が大切になるケースも少なくありません。
「とりあえず何から始めたらいいかわからない」という段階で行政書士に相談し、必要に応じて弁護士につなぐ――このような二段構えの進め方をする方も多いです。
相続トラブルは、時間が経つほど複雑になりやすいものです。
請求の期限(1年)を過ぎてしまえば、どれだけ不満があっても権利を行使できなくなってしまいます。
次章では、「遺留分=万能の権利ではない」という、誤解されがちなポイントと注意点を整理していきます。
よくある誤解と注意点――「遺留分」が万能ではない理由
「遺留分があるから大丈夫」と安心してしまう方も少なくありません。
しかし、遺留分はあくまで最低限の権利であって、すべての相続トラブルを解決できる「魔法の制度」ではないのです。
ここでは、実務の現場で特に多い誤解と注意点を整理しておきましょう。
「請求すれば自動的にもらえる」は誤解
まず多いのが、「遺留分侵害額請求をすれば、相手がすぐに支払ってくれる」という誤解です。
実際には、自分で意思表示をして交渉を進めなければ、1円も戻ってきません。
相手がすぐに応じてくれれば話は早いですが、現実には「そんな権利はない」「金額が納得できない」といった理由で、話し合いが難航するケースも珍しくありません。
さらに、請求には期限があります。
相続開始と侵害を知った時から1年以内に請求しなければ、権利は消えてしまいます。
「忙しくて後回しにしていたら請求できなくなった」という例もあるため、早めの行動がとても重要です。
兄弟姉妹には遺留分がない
意外と知られていないポイントとして、兄弟姉妹には遺留分がないというルールがあります。
たとえば、「兄にすべての財産を遺す」と書かれた遺言があった場合、他の兄弟姉妹は「不公平だ」と思っても遺留分を請求することはできません。
この点を勘違いしてトラブルになることも多いため、制度の対象者を正確に理解しておくことが欠かせません。
不動産が多い場合、話し合いがこじれやすい
相続財産の多くを不動産が占めている場合は、特にトラブルが起きやすい傾向があります。
たとえば「実家を長男が相続した」というケースでは、他の相続人が遺留分を請求しても、不動産そのものを分けることはできず、金銭での清算になります。
しかし、相手に資金的余裕がないと支払いに応じられないこともあります。
結果的に話し合いが長期化したり、調停や訴訟になることもあるのです。
感情のもつれにも注意
遺留分侵害額請求は法律上の権利ですが、家族の感情が大きく関係する場面でもあります。
「お金を請求された側」は、「遺言に従っただけなのに…」と不満を持ちやすく、「請求する側」も「兄弟なのにどうして」という感情を抱えることがあります。
制度の手続きそのものよりも、感情のすれ違いで関係が悪化してしまうこともあるのです。
このようなときには、家族だけで話し合うのではなく、行政書士や弁護士など第三者を間に入れることで冷静な話し合いがしやすくなる場合があります。
遺留分は「知っていれば守れる権利」である一方、誤解したまま進めると家族の関係が深く傷つくリスクもある制度です。
次章では、こうしたトラブルを未然に防ぐために、元気なうちからできる「生前対策」の3つの備え方をご紹介します。
トラブルを未然に防ぐ3つの備え方
遺留分侵害額請求は、遺言や贈与によって相続人の取り分が減らされたときの「最後の防波堤」です。
ただ、理想をいえば、そもそも遺留分の請求をめぐって家族が争うような状況は避けたいものですよね。
相続トラブルの多くは、事前の備えや話し合いによって未然に防ぐことができます。
ここでは、そのための3つの基本的な備え方をご紹介します。
① 遺言や家族信託で「想い」と「分配」を見える化する
相続でトラブルが起きる大きな理由の一つは、「何も決まっていない」ことです。
親が元気なうちに遺言を作成したり、家族信託を活用することで、財産の行き先を明確にすることができます。
たとえば、
- 自宅は長男に継がせたい
- 預貯金は複数の子どもに平等に分けたい
といった具体的な意思を遺言書などにきちんと残すことで、遺留分トラブルの芽を小さくすることができます。
また、家族信託を活用すれば、将来の財産管理も柔軟に設計できるため、認知症や判断力の低下が心配な場合にも有効です。
② 認知症になる前に成年後見・任意後見を検討する
相続対策は「元気なうち」に行うことが重要です。
もし認知症などで判断能力が低下してしまうと、遺言書を作成したり、家族信託を組むことが難しくなります。
このようなときに備えて活用できるのが、成年後見制度や任意後見制度です。
判断能力がしっかりしているうちに任意後見契約を結んでおくと、将来的に財産管理を信頼できる人に任せることができます。
結果的に、トラブルを招きやすい「放置された財産」が生まれにくくなります。
③ 第三者の専門家を交えた「話し合いの場」を持つ
家族だけで相続の話をすると、どうしても感情が先に立ってしまいがちです。
「そんな話をするなんて縁起でもない」と話し合い自体が進まないケースもあります。
こうしたときには、行政書士や弁護士、司法書士、ファイナンシャルプランナーなどの第三者を交えることで、冷静な話し合いがしやすくなることがあります。
専門家が入ることで、制度の誤解が減り、兄弟姉妹間の不信感を最小限に抑えられる可能性も高まります。
市川市などの自治体でも、高齢者支援や相続に関する無料相談窓口が設けられています。
地域の専門家と早めにコンタクトをとっておくことが、結果的に家族を守ることにつながります。
遺留分侵害額請求は、いざというときに権利を守るための重要な制度です。
しかし、それ以上に大切なのは、家族間でトラブルが起きないように 「準備しておくこと」。
遺言、家族信託、成年後見、任意後見などの制度を上手に組み合わせれば、相続を「争い」ではなく「想いをつなぐ時間」に変えることができます。
また、私見ではありますが予防法務の観点からあらかじめ行政書士や弁護士といった専門家にご相談いただく価値は大きいと考えます。

