「財産が少ないから安心」とは言い切れない相続の話

「財産が少ないから安心」とは言い切れない相続の話

なぜ「普通の家庭」ほど、相続でつまずきやすい?

「相続」という言葉を聞いて、どんな光景を思い浮かべますか? 広大な敷地のお屋敷に親族が集まり、分厚い遺言書を前に弁護士が立ち会う……。そんなテレビドラマのような世界をイメージする方が多いかもしれません。

「うちは普通のサラリーマン家庭だったし、残ったのは古い実家と、少しの貯金だけ。相続争いなんて、お金持ちだけの話でしょ?」

そう仰る方は、本当によくお見かけします。でも、実はここが一番の「落とし穴」なんです。 実際、家庭裁判所に持ち込まれる相続トラブルのうち、なんと約3割が「資産1,000万円以下」、さらに約4割が「資産5,000万円以下」というデータがあります。つまり、全体の約7割が、ごく一般的な資産規模のご家庭で起きている、というワケ。

「お金があるから揉める」のではなく、「分けにくいものが少しだけあるから揉める」のが、現代の相続の現実なんですね。

今は2026年。家族の形も、法律のルールも、私たちの親世代の頃とは大きく変わってきました。「うちは大丈夫」という思い込みを一度だけ横に置いて、少しだけ未来の準備について一緒に考えてみませんか?

「財産が少ない=分けやすい」は、大きな間違いかも

「お金が1億円あれば、きょうだい2人で5,000万円ずつ分ければいい。でも、1,000万円しかないなら、もっと簡単に分けられるはず」 そう思うんですが、現実はちょっと違います。

もし、1億円がすべて「現金」なら、確かに分けるのは簡単ですよね。でも、1,000万円の内訳が「古くなった実家(評価額800万円)」と「預貯金(200万円)」だったらどうでしょう?

これをきょうだい2人で分けようとすると、途端に難問になります。 不動産をバッサリ半分に切ることはできませんし、どちらか一方が家を継げば、もう一方は200万円しかもらえません。「家を継ぐんだから、お前が少し多めにもらって当然だよ」と言ってくれる、優しいきょうだいばかりなら良いのですが……。

人間、どうしても「不公平」を感じると、心に小さなトゲが刺さります。

「兄貴は今まで実家でタダ同然で暮らしてきたじゃないか」
「妹は結婚のときに、お父さんから結構な援助を受けていたはずだ」

財産が少ないということは、調整するための「余分な現金」が手元にないということ。これが、「普通の家庭」ほど話し合いが平行線になりやすい、最大の理由です。

【事例1】自宅しかないケース・住む場所を巡る「きょうだい」の温度差

ここで、実際にありそうなケースを一つご紹介します。

千葉県内にある築40年の一戸建てに住んでいた、お母様が亡くなったときのお話です。 家族は、同居して最後までお母様の面倒を見ていた長男さんと、都内にマンションを買って暮らしている次男さんの2人。

長男さんはこう思っていました。

「俺は仕事をセーブして、ずっと母さんの介護をしてきた。このままこの家を守っていくのが、母さんも一番喜ぶはずだ」

一方、次男さんの考えは違いました。

「兄貴が苦労してくれたのは感謝している。でも、俺にも住宅ローンの返済があるんだ。家を売って、きっちり法定相続分の半分をもらいたい。もし兄貴が住み続けるなら、俺の取り分を現金で払ってほしい」

さて、困ったのは長男さんです。 実家の家屋は古く、土地の評価額はそれなりにあるものの、手元には自分の老後資金としての貯金が少しあるだけ。次男さんに支払うための数百万〜1千万円という「まとまった現金」なんて、どこにもありません。

「住み続けたい」兄と、「公平に分けたい」弟。 どちらも間違ったことは言っていませんよね。でも、この「正論と正論のぶつかり合い」が、一番解決を難しくするんです。最終的に「じゃあ家を売るしかないね」となったとき、長男さんは住む場所を失い、お母様が守りたかった実家は他人の手に渡ることになります。

これが、財産が「自宅だけ」の場合に起こる、典型的な相続のトラブルです。

【事例2】疎遠な親族の登場・2026年の家族観と「まさか」の連絡

もう一つのケースは、最近増えている「おひとり様」や、再婚家庭に関わるお話です。

「私は独身だし、両親ももういない。財産も微々たるものだから、放っておいても誰にも迷惑はかけないよ」

そう仰っていたAさん(70代)。でも、Aさんが亡くなった後、事態は思わぬ方向に動きました。

Aさんには、実はずっと昔に家を出て音信不通になっていた「お兄さん」がいました。さらに調べてみると、そのお兄さんもすでに亡くなっており、その子供(Aさんから見れば甥や姪)が、日本各地に数人いることがわかりました。

2026年現在は、SNSの普及や家系図作成サービスの流行もあり、昔より「会ったこともない親族」にたどり着くのが容易になっています。また、権利意識の変化もあり、「法律でもらえる権利があるなら、しっかり主張したい」と考える方も増えています。

Aさんの預貯金を引き出そうとするたびに、全国に散らばる甥や姪の「全員の印鑑」が必要になります。 「初めまして。叔父の相続が発生したので、この書類に判子を押してください」 突然そんな手紙が届いたら、相手はどう思うでしょうか?

「怪しい詐欺じゃないか?」
「叔父さんには他にも隠し財産があるんじゃないか?」

疑心暗鬼になった親族とのやり取りに、残された関係者は疲れ果ててしまいます。 「財産が少ない」からといって、手続きが簡単になるとは限りません。むしろ、関係者が増えれば増えるほど、その手間と心労は、財産の額をはるかに上回る負担となってしまうのです。

2026年現在の相続ルール。知っておかないと「義務違反」になることも?

ここで少し、法律のお話もしておきましょう。2026年の今、絶対に忘れてはいけないのが「相続登記の義務化」です。

以前は、亡くなった親の土地を自分の名義に変えなくても、特に罰則はありませんでした。「お金がかかるし、面倒だから、また今度でいいや」と放置されてきた、いわゆる所有者不明土地が日本中で問題になっていたんですね。

そこで国はルールを変えました。 2024年4月から、不動産を相続したことを知った日から3年以内に名義変更(登記)をすることが、法律で義務付けられました。これを無視して放置していると、10万円以下の過料(罰金のようなもの)が科される可能性があります。

「うちはボロボロの家だし、価値もないから名義変更なんてしなくていい」という理屈は、2026年の今ではもう通用しません。

さらに、最近のトレンドとして注意したいのが「デジタル遺産」です。 スマホの中のPayPayやLINE Payの残高、ポイント、サブスクリプションの契約、あるいは仮想通貨……。 これらも立派な「相続財産」です。

でも、家族が暗証番号を知らなければ、その存在すら気づかれずに消えてしまうかもしれません。あるいは、遺品整理の後に「実は毎月数万円の有料サービスが引き落とされ続けていた!」なんてことになったら、目も当てられませんよね。

これからの相続は、家や通帳だけでなく、スマホの中身も「整理」しておくことが、家族への新しい思いやりのかたちと言えるかもしれません。

感情のしこりが「争続」を生む。

行政書士として多くの現場を見てきて思うんですが、相続が揉める原因の9割は、実は「お金」そのものではありません。 本当の原因は、長年積み重なってきた「感情のしこり」です。

「お葬式のとき、あの親戚に挨拶しなかった」
「お母さんの介護を私に押し付けて、あなたは旅行に行っていた」
「子供の頃、いつもお兄ちゃんばかり新しい服を買ってもらっていた」

相続の話し合いが始まると、こうした数十年分の不満が、マグマのように噴き出してくることがあります。お金の計算をしているはずなのに、言葉の裏側では「私をもっと認めてほしい」「私の苦労をわかってほしい」という叫びが飛び交っている……。

そんなとき、法律は無力です。 「法定相続分は2分の1です」と正論を言えば言うほど、感情の火に油を注ぐことだってあります。

でも、もしそこに一枚の「遺言書」があったらどうでしょう? 「家は長男に譲る。その代わり、今まで面倒を見てくれてありがとう。次男には預貯金を渡す。昔、家を買ったときに十分な援助ができなくてごめんね。2人で仲良くやってほしい」

そんな、親の「生の声」が添えられていたら、子供たちの態度はガラリと変わります。 遺言書は、単なる法的書類ではありません。家族の争いを未然に防ぎ、バラバラになりそうな心を繋ぎ止める「最後のラブレター」です。

「揉めない」ために、今日からできる3つのこと

「よし、じゃあ何かやってみようかな」と思ってくださったあなたへ。 まずは、完璧を目指さなくて大丈夫です。今日から、あるいは今週末からでもできる「3つのステップ」をご紹介しますね。

1. 「財産目録」をメモしてみる

まずは、自分が何を持っているのかを書き出してみましょう。 立派なものでなくて構いません。どの銀行に口座があって、不動産はどこにあって、保険はどうなっているか。 特に、先ほどお話しした「デジタル遺産」については、使っているアプリの名前などをメモしておくだけでも、残された家族はどれほど救われるかわかりません。

2. 「自筆証書遺言」の保管制度を活用する

「遺言書を自分で書くのは、書き間違えたら無効になるって聞くし怖い」というイメージがありますよね。でも今は、法務局で遺言書を預かってくれる制度があるんです。 これなら、紛失や改ざんの心配もありませんし、2026年現在は手続きもかなりスムーズになっています。公正証書遺言ほどハードルが高くないので、まずはここから始めてみるのも一つの手ですよ。

3. 「家族会議」という名の、ただのおしゃべり

これが一番大切かもしれません。 お正月に集まったとき、あるいは電話をしたときに、「もしものとき、この家はどうしたい?」と、さりげなく話を振ってみてください。 親の意向を、親が元気なうちに聞いておく。それだけで、相続のトラブルの芽は半分以上摘み取ることができます。

「縁起でもない」なんて言わずに、「みんなが仲良く過ごすための大事な準備なんだ」と伝えてみてくださいね。

まずは「おしゃべり」から始めませんか?

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。 「相続」って、やっぱりちょっと重たいテーマですよね。でも、一人で抱え込んで悶々とする必要はありません。

私たちの仕事は、単に書類を作ることだけではありません。 あなたの不安をじっくり伺い、家族の歴史を尊重しながら、一番良い「着地点」を一緒に見つけるパートナーでありたいと思っています。

「こんなこと聞いてもいいのかな?」
「うちの状況だと、まず何をすればいい?」

当事務所では初めてのご相談であれば、家庭事情に合わせた具体的なアドバイスや、リスクの洗い出し、将来のシミュレーションなどを踏み込んで行います。

相続は、人生の集大成。 それを「争い」で終わらせるか、「感謝」で締めくくるか。 その鍵は、今、この記事を読んでくださっているあなたの、ほんの少しの勇気にあります。

あなたが、そしてあなたの大切な家族が、笑顔で明日を迎えられるように。 千葉県市川市の行政書士として、精一杯お手伝いさせていただきます。