親が元気なうちに相続の話、できますか?

親が元気なうちに相続の話、できますか?

切り出しにくい「お金」の話を、今する理由

「親に万が一のことがあったら…」

頭の片隅にはあっても、いざ本人を目の前にすると、どうしても相続の話は切り出しにくいものですよね。 「縁起でもない」「財産を狙っていると思われたらどうしよう」と、躊躇してしまうお気持ち、よく分かります。

日々さまざまなご家族と関わってきた立場から、一つだけお伝えしたいことがあります。 それは、「親が元気なうちの話し合いこそが、最大の親孝行になる」ということです。

準備を先延ばしにした結果、残されたご家族がどれほどの苦労を背負うことになるのか。そして2026年現在の最新事情を踏まえて、どうやって親御さんと向き合えばいいのか。 今回は、「気になっているけれど踏み出せない」というあなたに向けて、専門用語をできるだけ使わずにお話ししていきます。

相続を先延ばしにする「3つの具体的リスク」

① 銀行口座の凍結と「当座の資金」の壁

親が亡くなったという事実を銀行が知ると、その口座は「凍結」され、原則としてすぐに引き出せなくなります。

「お葬式代や入院費は、親の貯金から出せばいい」と思っている方も少なくありませんが、そのお金を使うには、戸籍の取り寄せや相続人の確認など、かなりの手間と時間がかかります。 実際には、お葬式や入院費など数十万円~数百万円の急な出費を、いったん子世代が立て替えるというケースもよくあります。

※補足 一部の預金について、一定の金額までは相続手続き中に引き出せる制度もありますが、どんな口座にいくら入っているかを事前に把握していなければ、家族は「どのくらいのお金を使えるか」すら分かりません。

② 相続登記(不動産の名義変更)の義務化と、放置のペナルティ

2024年4月1日から、亡くなった後の土地や家などの「相続登記」が原則義務化されました。2026年現在、このルールは少しずつ定着しつつあります。

「実家は誰も住まないし、とりあえず親の名義のままで放置しよう」という考えは、もう通用しにくくなっています。 親が亡くなってから3年以内に正当な理由なく名義変更をしないと、裁判所に過料(10万円以下)が科されるおそれがあります。これは罰金に近い制度ですが、刑事罰(前科)ではなく、あくまで行政上の秩序罰です。

それでも、

  • 実家がどこにあるのか
  • どんな権利関係があるのか
  • 誰が相続するのか

といった点を、親が元気なうちに一緒に確認しておくことは、家族の大きな安心につながります。

③ 認知症や判断能力低下による「資産の処分の難しさ」

相続対策は「亡くなった後」だけの話ではありません。 もっと怖いのは、認知症やその他の病気で「判断能力が落ちてしまった」とされるケースです。

こうなると、

  • 銀行口座からの引き出し
  • 親名義の実家の売却
  • 介護費用のための資金手当て

が、事実上とても難しくなります。「財産はあるのに、どうにも動かせない」という状態が長く続き、家族の負担は想像以上に大きくなります。

※補足 成年後見制度などを活用すれば、一定の範囲で資産の使い道を決めることは可能ですが、手続き完了までには時間がかかります。

2026年の新常識・デジタル遺産と最新税制

スマホの中に眠る「見えない資産」

ネット銀行、証券口座、仮想通貨、そして毎月引き落とされるサブスクリプション契約。 これらは、従来の通帳や明細書が家に届かないため、親のスマホやパソコンの中を覗かない限り、家族には存在すら分かりにくいものです。

結果として、解約できずに延々と支払いが続く有料サービスや、高額な資産があるのに気づかず長期間放置されてしまう口座や投資が増えています。 親が元気なうちに、「どの口座やサービスを使っているか」だけでも、最低限の情報を共有しておくことが大切です。

2024年改正後の「相続時精算課税制度」と「年間110万円の非課税枠」

税金のルールも、少しずつ変わりました。特に2024年の改正で、生前贈与の使い勝手が良くなったポイントがあります。

ざっくり言うと、親から子どもへの贈与には、従来「年間110万円まで贈与税がかからない枠」(暦年贈与)があります。 それに加えて、「相続時精算課税制度」を使うと、兄弟姉妹など同じ相続人から通算2,500万円まで贈与税が非課税になる枠が使えます。

この改正で、

  • 「年間110万円までの通常の贈与」
  • 「相続時精算課税制度による大きな贈与」

をうまく組み合わせて、元気なうちに少しずつ財産を引き継ぐ「令和スタイル」の対策を検討するご家庭が増えています。

※注意 税金や相続のルールは複雑です。「これだけやれば安心」と決め打つのではなく、税理士や専門家と相談しながら計画を立てることをお勧めします。

〈相談事例〉「こんなはずじゃなかった…」現場のリアル

事例①「仲良しきょうだい」の遺産分割トラブル

親の財産は「築40年の実家」と「少しの預金」だけ。普段は仲の良いきょうだいでした。 ところが、いざ相続の話になると、「実家は物理的に半分に割れない」「長男が家を継ぐなら、その分預金は次男が全てもらうべきだ」と主張がぶつかり、結果的に疎遠になってしまったケースがあります。

財産が「分けにくいもの」しかないと、事前の話し合いで親の希望を明確に伝えておくことが、争いを防ぐ鍵になります。

事例② 離れて暮らす親の「全財産」が不明なケース

遠方に住む親が突然倒れて他界。息子さんは、親がどの銀行を使っているのか、どんな保険に加入しているのかをほとんど知りませんでした。

親の家の郵便物や引き出しの中から、口座や証券の情報を探す日々が続きます。精神的なショックの中、「元気なうちに、せめて通帳の場所やメインの銀行名だけでも聞いておけばよかった」と後悔される声は、実務現場でも少なくありません。

角が立たない「魔法の切り出し方」3ステップ

どんなに重要でも、やっぱり直接は聞きにくいものです。そんなときに使える、自然な会話のステップを3つご紹介します。

ステップ①「自分の将来」や「ニュース」をダシにする

いきなり「お父さん、財産どうするの?」は、ハードルが高すぎます。次のような出し方を試してみてください。

  • 「最近ニュースで、兄弟姉妹が相続で争う話題を見て、ちょっと気になったんだ」
  • 「自分も、もしもの時に備えてエンディングノートを書いてみた」
  • 「親戚の家が、親の死後にお金の話で揉めて大変だったらしいよ」

このように、主語を「社会」や「自分」にすると、相手も「自分に突っ込まれてる」という感じが薄れて、話しやすくなります。

ステップ② 財産ではなく「想い」や「思い出」に寄り添う

いきなり「いくら預金があるか?」という質問ではなく、親の価値観や思い出に寄り添うのがコツです。

  • 「この家、お父さんが建ててから何年経つの?」
  • 「お母さんが大切にしてる着物、将来どうしてほしい?」
  • 「この家を、誰かが住み続ける想いがあるのかな?」

といった質問から始めると、「お金の話」ではなく「家族の想い」から自然に話が広がっていきます。その流れの中で、親の希望や相続後のイメージを少しずつ共有していくのがおすすめです。

ステップ③ 第三者(専門家)の存在を、そっと匂わせる

どうしても話が進まないときは、「家族だけで感情的にぶつかりあう」のではなく、「プロ」の存在を活用するのが有効です。

  • 「友達が、弁護士や税理士に相談してすごく安心したって言ってたよ」
  • 「行政書士や税理士の無料相談があるみたいだから、試しに聞いてみない?」

と提案することで、「家族の争い」ではなく「専門家との相談」という形に切り替えることができます。 専門家は、相続の流れや財産の整理方法などを、家族の立場を踏まえて整理してくれます。その結果、親自身も「自分の思いをしっかり伝えられた」と安心するケースが多いのです。

相続は「最期のプレゼント」

相続の手続きや話し合いは、決して単なる「事務作業」ではありません。 それは、親が一生懸命に築いてきたものを、次の世代へしっかり手渡すための「バトンタッチ」です。

事前の準備は、面倒に感じるかもしれませんし、専門家に相談するには費用もかかります。しかし、それらは後になって家族が背負う莫大な負担や、きょうだいや親族の争いを未然に防ぐための「安心への投資」でもあります。

親御さんが元気で、笑い合える「今」だからこそ、できることがあります。 まずは今日、ニュースの話題や自分の将来の話、ちょっとした思い出をきっかけにして、自然な会話を始めてみてください。