「家族に迷惑をかけたくないから、とりあえず今のうちに遺言を書いておこう」
思い立ったその日に、身近にある紙とペンだけで作成できるのが自筆証書遺言です。費用もかからず、誰にも知られずに自分のペースで書けるため、終活の第一歩として選ぶ方は少なくありません。
書き終えて封筒に印鑑を押し、引き出しの奥にしまった瞬間に「これで一安心」と思ってしまいがちです。
しかし、この「手軽さ」には大きな罠が隠れていたりします。
ご自身で良かれと思って書いた遺言書が原因で、残されたご家族が手続きに奔走することになったり、最悪の場合は親族間の泥沼の争いに発展したりするケースもあります。
今回は、そんな「自筆証書遺言に潜むリスクの正体」と「ご家族の負担や相続をめぐる行き違い」を減らすために知っておきたい対策を、分かりやすく紐解いていきます。
自筆証書遺言に潜む大きな罠
手軽に作成できる反面、自筆証書遺言には法律上の厳格なルールが存在します。ただ思いを綴ればいいというものではなく、少しのミスが致命傷になってしまうシビアな世界です。具体的にどのような落とし穴があるのかを見ていきましょう。
形式不備による無効
自筆証書遺言は、民法という法律で定められた要件を一つでも欠いていると、どれだけ家族への愛情が込められていても法的には「単なる紙切れ」として扱われます。
たとえば、日付の書き方です。「令和〇年〇月吉日」といった日常的によく使う表現は、作成した日にちが特定できないため、それだけで遺言書全体が無効になります。また、署名がなかったり、押印を忘れていたりするケースも珍しくありません。
さらに厄介なのが、書き間違えた時の「訂正方法」です。
二重線を引いて訂正印を押すだけでは、民法上求められる訂正方法を満たさないことがあります。
訂正には、変更した場所を指示し、変更した旨を付記して署名し、変更箇所に押印するなどの方式が必要です。不適切な訂正がある場合、訂正前の記載が有効と扱われるのか、遺言全体の有効性に影響するのかが争いになるおそれがあります。
書き損じた場合は、無理に訂正せず、書き直すほうが安全です。
手紙感覚で気軽に書けるからこそ、こうした厳格なルールを見落としてしまうという点に注意が必要です。
紛失や改ざんの危険性
完成した遺言書を、仏壇の引き出しや自宅の金庫に大切に保管する方は多いと思います。しかし、ご自身しか保管場所を知らない場合、亡くなった後に家族が見つけられず、遺言書がないものとして遺産分割協議が進んでしまうかもしれません。
逆に、遺言書が誰でも手の届く場所にあった場合のリスクもあります。
たまたま見つけた相続人などが、自分にとって不利な内容だと知り、遺言書を隠したり、破棄したり、内容の改変を試みたりするリスクも否定できません。
もっとも、遺言書の隠匿・破棄・偽造・変造は、相続欠格につながる可能性がある重大な行為です。
それでも、保管場所や遺言書の存在自体が分からなければ、発見されずに手続きが進むおそれがあります。自宅保管には、常に見えない危険がつきまといます。
家族を苦しめる検認手続き
「遺言書さえ見つかれば、すぐに銀行でお金が下ろせる」と思いがちなんですが、実はこれも大きな誤解です。
法務局の遺言書保管制度を利用していない自筆証書遺言が見つかった場合、相続人などは遅滞なく家庭裁判所に検認を請求する必要があります。封印のある遺言書は、家庭裁判所で相続人などの立会いのもとで開封しなければなりません。なお、封印のない遺言書であっても、検認そのものは必要です。
検認とは、家庭裁判所が遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名などを確認し、遺言書の現状を保全するための手続きです。相続人などには検認期日が通知されますが、全員が実際に出席しなければ検認ができないわけではありません。なお、検認は遺言の有効・無効や内容の正しさを判断する手続きではありません。
申立てから検認期日までに要する期間は、家庭裁判所の運用や相続人の人数・住所地、提出書類の状況などによって異なります。数週間から数か月程度を要することもあるため、余裕をもって準備することが大切です。
申立てには、一般に被相続人の出生から死亡までの戸籍・除籍・改製原戸籍謄本や、相続人であることを確認できる戸籍謄本などが必要になります。必要書類は相続関係や管轄家庭裁判所の案内によって異なるため、事前に確認して準備することが重要です。
お葬式や死後の手続きでただでさえ疲弊しているご家族に、さらなる時間的・精神的な負担を強いてしまうことになります。
曖昧な表現による親族トラブル
専門家の目を通さずにご自身だけで文章を考えると、第三者から見て解釈が分かれる曖昧な表現になりがちです。
たとえば「自宅の土地建物は長男に任せる」と書いた場合、「長男に相続させる」という趣旨なのか、管理や処分を任せる趣旨なのかが明確ではありません。不動産を特定したうえで、「長男〇〇に相続させる」など、誰にどの財産を取得させるのかが分かる表現を用いることが重要です。
こうした曖昧な表現が、仲の良かった兄弟を「争族」へと導く火種になりかねません。
公正証書遺言との比較
遺言書には、自分で書く自筆証書遺言のほかに、公証役場で公証人が関与して作成する「公正証書遺言」があります。
| 比較ポイント | 自筆証書遺言(自宅保管) | 公正証書遺言 |
| 作成の手軽さ | 原則として、いつでも自分で作成できる | 公証役場での打ち合わせや証人2名が必要 |
| 費用の目安 | かからない(用紙代程度) | 数万円〜(財産額によって変動) |
| 形式不備のリスク | 方式や記載内容に不備があると、無効や解釈上の争いにつながるおそれ | 法律上の方式に沿って作成されるため、無効となるリスクが大幅に軽減 |
| 紛失・改ざん | 自分で管理するためリスクあり | 原本の紛失や改ざんのリスクを大きく抑えられる |
| 死後の検認手続き | 家庭裁判所での手続きが必須 | 不要 |
費用と手間はかかりますが、法的な確実性や残されたご家族の負担軽減を考えると、公正証書遺言のほうが圧倒的に安心感が高いことが分かります。
失敗を防ぐための必須対策
「公正証書が良いのは分かったけれど、やっぱりまずは自分で書いておきたい」という方もいらっしゃると思います。自筆証書遺言を少しでも安全に、かつ確実なものにするための具体的な対策をいくつかご紹介します。
財産目録のパソコン活用
以前は遺言書のすべてを手書きしなければならず、預金口座の支店名や口座番号、不動産の複雑な地番などを一言一句書き写すのは大変な労力でした。
しかし法律が変わり、現在は「財産目録」の部分に限り、パソコンで作成した財産目録のほか、通帳の写しや不動産の登記事項証明書の写しなどを、財産目録として添付することが認められています。
これらを活用すれば、書き間違いによる無効リスクを大幅に減らすことができます。
ただし、パソコン等で作成した財産目録や、通帳・登記事項証明書の写しを目録として添付する場合には、目録の各ページに遺言者本人が署名し、押印する必要があります。
両面に記載がある場合は、その両面それぞれに署名・押印が必要です。
法務局の遺言書保管制度
自筆証書遺言の弱点である「紛失・改ざんリスク」と「検認の手間」を一気に解決できる画期的な仕組みが、2020年から始まった「法務局における遺言書保管制度」です。
自筆証書遺言書保管制度では、原則として遺言者本人が法務局に出頭して遺言書を預けることで、遺言書の原本と画像データが保管されます。
法務局で保管されるため、自宅保管に比べて紛失・滅失や改ざんのリスクを大きく抑えられ、申請時には「自筆証書遺言として定められた外形的な要件を満たしているか」の確認が行われます。
ただし、法務局は遺言内容の有効性、財産の特定、遺留分への配慮、遺言能力などを審査するものではありません。
この制度を利用して保管された遺言書は、家庭裁判所での検認が不要です。
相続開始後、相続人・受遺者・遺言執行者などの一定の関係者は、法務局で遺言書情報証明書の交付を請求できますし、証明書を取得すれば、遺言の内容を確認し、金融機関での手続きや不動産の相続登記などを進めやすくなります。ただし、手続先ごとに必要書類や取扱いが異なるため、個別の確認は必要です。
遺言書の保管申請手数料は、現行では3,900 円となっています。ただし、証明書の交付請求などには別途手数料がかかる場合があります。
手数料や運用は変更される可能性があるため、申請前には法務局の最新案内を確認しましょう。自筆証書遺言を作成する場合には、有力な選択肢の一つです。
遺留分を考慮した財産配分
遺言書の内容を考える際、もう一つ忘れてはならないのが「遺留分(いりゅうぶん)」への配慮です。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の一定の法定相続人に法律上保障されている最低限の取り分です。
配偶者、子(子が先に亡くなっている場合には孫などの代襲相続人)、直系尊属が該当します。
例えば遺言書が「面倒を見てくれた長女に全財産を相続させる」といった内容だった場合、他の相続人に遺留分があれば、その相続人から長女に対して遺留分侵害額請求がされる可能性があります。
遺留分侵害額請求は、原則として金銭による請求です。もっとも、相続人の構成や財産の内容によっては遺留分が問題にならない場合もあるため、個別の確認が必要です。
ご自身の想いを形にするのは素晴らしいことですが、残される家族全員の生活や感情、そして法律上の権利にも配慮したバランスの良い内容にすることが、本当の意味での「争族対策」になります。
遺言書は、ご自身の人生の総決算であり、大切な家族へ宛てた法的な効力を持つ「最後のラブレター」です。その大切な想いが、ほんの少しの知識不足や書き間違いによって無駄になってしまうのは、あまりにも悲しいことではないでしょうか。
「とりあえず自分で書いてみたけれど、本当にこれで大丈夫だろうか」
「法務局の保管制度を使いたいけれど、手続きの段取りがよく分からない」
もし少しでも不安を感じたり、迷ったりした時は、相続・遺言に詳しい専門家へ早めに相談しましょう。当事務所では、相続関係・財産関係の整理、遺言書原案の作成支援、自筆証書遺言書保管制度の利用に向けた準備などをお手伝いしています。
相続人間で争いがある場合や、遺留分・遺言の有効性について専門的な法律判断または交渉が必要な場合には弁護士へ、不動産の相続登記の申請代理が必要な場合には司法書士へ、適切な専門家をご案内します。

