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生活費が出せなくなる!?後見人選任の遅れで起きたトラブル
「親が認知症になってしまい、急に銀行口座が使えなくなった」――そんなご相談は意外と少なくありません。
あるご家庭では、お父様が入院をきっかけに認知症と診断され、日常生活に必要な判断が難しくなりました。ところが、生活費を引き出そうと銀行に行ったところ、窓口で「ご本人の意思確認ができないので、このままでは払い出しできません」と告げられたのです。
家族としては「自分たちが毎月面倒を見ているのだから、当然生活費くらいは使えるだろう」と思いがちです。しかし、金融機関は本人保護の観点から厳格な手続きを取ります。その結果、成年後見人が選任されるまでの間、医療費や施設費、日々の生活費の支払いが滞るという事態が起こってしまうのです。
このようなトラブルは決して特別なケースではありません。
高齢化が進み、認知症の方が増える中で、相続や老後資金にまつわる「お金の凍結リスク」は誰にでも起こり得る問題です。
「まだ先の話だから」と準備を後回しにしていると、いざというときに家族が困ることになります。
ここで押さえておきたいのは、成年後見制度の仕組みと、あらかじめできる生前対策。次章ではまず、制度の基本からわかりやすく整理していきましょう。
成年後見制度の仕組みと利用の流れ
では、なぜ「口座が凍結されてしまう」のか。その背景には成年後見制度があります。
成年後見とは?
成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が不十分になった方を、法律的にサポートする仕組みです。
本人に代わって財産管理や契約行為を行う「後見人」が、家庭裁判所によって選ばれます。
ポイントは、家族であっても勝手にお金を動かすことはできないという点です。銀行や施設との契約、売買などを行うには、必ず後見人としての権限が必要になります。
法定後見と任意後見の違い
- 法定後見:すでに判断能力が低下してから家庭裁判所に申し立てを行い、後見人を選任してもらう制度。
- 任意後見:本人にまだ判断能力があるうちに「将来、自分に代わって財産管理や契約をしてほしい人」を契約で決めておく制度。
多くのご家庭で問題になるのは、法定後見を利用しようとしたときです。
後見人が決まるまでの流れ
- 家族や関係者が家庭裁判所に申し立てを行う
- 裁判所が必要書類を精査し、医師の診断書を確認
- 候補者の適格性を調査(利益相反や欠格要件の確認)
- 必要に応じて専門職後見人(弁護士・司法書士など)が選任される
- 裁判所の審判が確定して、ようやく後見人が活動開始
時間がかかる理由
この一連の流れには数か月単位の時間がかかることもあります。その間、銀行口座や不動産の処分はストップしたまま。医療費や施設費の支払いにも影響が出かねません。
つまり「認知症が進んだら後見制度を使えばいい」と思っていても、手続き中の空白期間に家族が困るという落とし穴があるのです。
よくある誤解と落とし穴
成年後見制度のことを少し調べると、「遺言があれば大丈夫」「家族がいれば何とかなる」と思ってしまう方が多いです。ところが、ここに大きな落とし穴があります。
遺言では生活費は下ろせない
「父が遺言を残しているから、生活費も自由に使えるはず」と誤解されるケースは非常に多いです。
しかし、遺言が効力を持つのは本人が亡くなった後。つまり、認知症などで判断能力が低下した段階では、遺言は一切役に立ちません。
その結果、「生活費を出したいのに口座が動かせない」という状況に直面してしまうのです。
相続と後見はまったく別物
また、「相続人なのだから親の財産を管理していい」と考える方もいます。これも誤解です。
相続はあくまで死亡後に発生する権利であり、生前は本人の財産。たとえ子どもであっても、勝手に手を出すことはできません。ここを混同してトラブルになる家庭は少なくありません。
家族だけでは解決できないことも多い
「母のために自分が全部やります」と思っても、銀行や施設、役所は家族の善意だけでは動いてくれません。本人の利益を守るために、法律上の手続きを踏むことが必須です。
特に財産が不動産や預貯金で大きい場合、家庭裁判所が選任した専門職後見人が就くケースもあり、家族の思い通りに管理できないこともあります。
典型的なトラブル事例
- 親の入院費を払いたいのに口座が使えず、兄弟が立て替えて揉める
- 老人ホームの入居一時金が払えず、入居時期を逃してしまう
- 不動産の売却ができず、固定資産税や維持費だけが重くのしかかる
このように、「遺言があれば安心」「相続人だから大丈夫」という思い込みが、かえって家族を困らせる結果につながるのです。
トラブルを避けるための3つの準備
「そんなことになるなんて知らなかった…」と後悔しないために、できるだけ早めの準備が大切です。ここでは、特に効果的な3つの方法をご紹介します。
1. 任意後見契約を活用する
任意後見は、本人に判断能力があるうちに「将来、もし自分で判断できなくなったときに誰に任せるか」を契約で決めておける制度です。
- 信頼できる家族や知人を後見人に指名できる
- 財産管理や契約行為の範囲を事前に指定できる
- 判断能力が落ちたタイミングで家庭裁判所が監督開始
これにより、いざという時の空白期間を短縮し、生活費が止まるリスクを大幅に減らせます。
2. 家族信託で生活資金を確保する
家族信託は、財産を「信頼できる家族」に託し、その家族が管理・運用する仕組みです。
- 親の口座や不動産を子に託しておくことで、凍結リスクを回避できる
- 生活費や施設費など、日常的な支払いにも柔軟に対応可能
- 相続が発生しても、そのまま管理・承継がスムーズに進む
成年後見制度と違い、裁判所の関与がないため、柔軟性が高いのも魅力です。
3. 遺言・相続登記も合わせて整えておく
任意後見や家族信託とセットで検討したいのが、遺言と相続登記の準備です。
- 遺言があれば「誰に何を残すか」が明確になり、争族回避につながる
- 相続登記を進めておけば、不動産の名義変更がスムーズになる
- 生活費対策と承継対策を一緒に整えることで、将来の安心が格段に増す
老後と相続に安心を
親の財産が凍結され、生活費や医療費が払えなくなる――。このトラブルは、決して他人事ではありません。
成年後見制度は本人を守るための大切な仕組みですが、手続きに時間がかかるため、その間に家族が困るケースが多発しています。
だからこそ、「まだ大丈夫」と思っている今こそ準備を始めるタイミングです。
任意後見契約や家族信託で口座凍結のリスクを避け、遺言や相続登記を整えておくことで、老後と相続に安心をもたらすことができます。
「親が高齢になってきたから心配…」
「うちの場合は何から始めればいいのだろう?」
そんな疑問を持った時点で、一度専門家に相談してみるのがおすすめです。法律や制度の複雑な部分を、あなたやご家族の状況に合わせて整理し、最適な準備方法を一緒に考えることができます。
安心できる老後と、円滑な相続のために。小さな一歩が、家族の未来を守る大きな力になります。