遺言書がないと相続はどうなる?
親や配偶者が亡くなったときに、まず気になるのが「遺言書があるのかどうか」です。もし遺言書がなければ、相続は法律に定められたルールに従って進めることになります。
相続人は、民法で決まった順番と割合に基づいて確定します。たとえば、配偶者は必ず相続人となり、子どもがいれば一緒に分け合います。子どもがいなければ、両親や兄弟姉妹が登場することもあります。
ただし、相続人が誰か確定しても、実際に財産を「誰がどの割合で取得するか」は相続人同士の話し合い(=遺産分割協議)で決めなければなりません。預金の解約や不動産の名義変更(相続登記)も、遺産分割協議がまとまらないと手続きがそこでストップします。
そのため、遺言書がない場合の相続は、「法律上の相続人を確定する → 全員で協議する → 手続きに着手」という流れをたどります。ここで話し合いがスムーズにいけば問題はありませんが、相続人の数が多かったり、認知症の方がいたりすると、協議自体が難航することも少なくありません。
「親が元気なうちに準備をしておけばよかった」と後悔されるご家族も多いテーマです。だからこそ、遺言や生前対策が重要だといえます。
相続人全員で進める「遺産分割協議」とは
遺言書がない場合、相続財産をどう分けるかは「遺産分割協議」で決める必要があります。これは相続人全員で集まり、誰がどの財産をどのような割合で取得するかを話し合う場です。
遺産分割協議の基本ルール
遺産分割協議は「相続人全員の参加」と「全員の合意」が大前提です。たとえ一人でも同意しない人がいると、協議は成立しません。
また、協議がまとまったら「遺産分割協議書」を作成し、全員が署名・押印します。この書類がないと銀行口座の解約や不動産の名義変更(相続登記)が進められません。
協議が整わないとどうなる?
もし協議がまとまらなければ、相続財産は「共有」のまま残ってしまいます。
- 預金:引き出しや解約ができない
- 不動産:売却も名義変更もできない
- 株式:議決権や配当の処理が難航する
このように「財産が凍結状態」になり、残された家族の生活にも支障をきたすことがあります。
争族に発展しやすい典型的なケース
相続人同士の感情がこじれると、いわゆる「争族」に発展することも珍しくありません。たとえば、
- 長男が同居して親の介護をしていたが、他の兄弟と分け前で揉める
- 二世帯住宅や自営業の店舗兼住宅があり、誰が住み続けるかで対立する
- 二次相続(父の死後に母が亡くなるケース)で、兄弟間の不信感が表面化する
といった事例です。
相続人同士で話し合うのは理想的ですが、現実には「法律」と「感情」が交錯し、冷静に合意するのは簡単ではありません。
家庭裁判所や成年後見制度が関わるケース
相続人の中に、判断能力が不十分な方(認知症や知的障害など)がいる場合、遺産分割協議をそのまま進めることはできません。なぜなら、協議は「全員の合意」が前提であり、本人の意思確認が難しいと法的に無効になってしまうからです。
認知症の相続人がいる場合
もし相続人の一人が認知症で判断能力を欠いている場合、その人を代理するために成年後見制度を利用する必要があります。家庭裁判所に後見人を選任してもらい、その後見人が協議に参加する形になります。
ただし、後見人は相続人の利益を守る役割を担うため、話し合いがより複雑になったり、時間がかかったりすることがあります。
未成年者が相続人となる場合
親が亡くなり、その子どもが未成年である場合も要注意です。親権者(例えば母親)が代理して協議に参加できますが、もしその親も相続人の一人であると「利益相反」となり、家庭裁判所が「特別代理人」を選任する必要が出てきます。
調停に発展するケース
相続人同士でどうしても話し合いがまとまらない場合、最終的には家庭裁判所の遺産分割調停に進むことになります。調停委員が間に入り、公平に意見を調整してくれますが、それでも決着しない場合は審判(裁判所の判断)で決められることになります。
調停・審判になると、解決まで数ヶ月〜数年かかるケースもあり、家族の関係がさらに悪化することも少なくありません。
遺言書があれば避けられるトラブル
ここまで見てきたように、遺言がなければ相続人全員で協議しなければならず、トラブルや時間のロスが生じやすくなります。逆に言えば、遺言書があるだけで相続手続きは格段にスムーズになります。
遺言の有無でここまで変わる
- 遺言なし:相続人全員で遺産分割協議が必要。反対者がいれば手続きが進まない。
- 遺言あり:基本的に遺言の内容に従って財産を分けるため、協議は不要。
例えば、銀行口座の解約や不動産の名義変更も、遺言書と必要書類があれば進めることができます。協議に時間をかけずに済むので、残された家族の負担は大きく軽減されます。
公正証書遺言と自筆証書遺言の違い
遺言にはいくつかの方式がありますが、代表的なのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」です。
- 自筆証書遺言:自分で書けるが、形式の不備や保管のリスクがある。法務局での保管制度を利用すれば安心度アップ。
- 公正証書遺言:公証役場で作成するため、形式不備の心配がなく、原本も保管されるので確実性が高い。
「絶対にトラブルを避けたい」「相続人が多い」という場合は、公正証書遺言を選ぶ方が安心です。
遺言以外の生前対策も選択肢に
近年は遺言だけでなく、家族信託や生前贈与なども注目されています。
- 家族信託:認知症になっても財産管理を家族に任せられる仕組み
- 生前贈与:相続前に一部の財産を譲ることで、スムーズに財産承継ができる
「遺言+家族信託」「遺言+成年後見制度」といった組み合わせも可能で、家族の状況に合わせて柔軟に選ぶことができます。
失敗しないための3つの準備
「遺言がなくて困った…」という声は、決して少なくありません。そうならないためには、早めに準備を始めておくことが大切です。ここでは、今からできる3つのポイントをご紹介します。
① 相続人を早めに確認しておく
いざ相続となると、戸籍を遡って相続人を確定する作業が必要です。兄弟姉妹や再婚による子どもなど、思わぬ相続人が出てくるケースもあります。元気なうちに戸籍を整理しておくと、相続開始後の混乱を防ぐことができます。
② 財産の棚卸しをして「見える化」する
相続財産には不動産や預貯金だけでなく、株式・保険・借金なども含まれます。財産目録を作っておけば、家族がスムーズに状況を把握でき、トラブル防止につながります。エンディングノートや簡単な一覧表でも十分です。
③ 遺言・家族信託・後見制度を組み合わせて準備する
それぞれの制度にはメリットと限界があります。
- 遺言:誰に何を相続させるかを明確にできる
- 家族信託:認知症対策や不動産管理に有効
- 成年後見:判断能力を失った後の生活・財産管理をサポート
一つの制度に頼るのではなく、状況に応じて組み合わせるのが効果的です。例えば「遺言で分け方を指定し、家族信託で認知症対策を補う」といった形です。
まとめ
遺言がない相続は、協議や調停に発展し、家族の関係を悪化させるリスクがあります。しかし、事前に準備をしておけば、相続を「争い」ではなく「安心のバトンリレー」に変えることが可能です。
まずは戸籍や財産を整理し、小さな一歩から始めてみましょう。そして、専門家に相談することで、自分の家族に最適な生前対策を選ぶことができます。